2019年11月の子ども食堂

JUGEMテーマ:お知らせ

古川教会からのお知らせ 2019年クリスマス号

JUGEMテーマ:つぶやき。

JUGEMテーマ:お知らせ

病む人の喜びと悲しみに

今日は日野原重明さんのことばを紹介します。

 

病む人の喜びを私の喜びにしよう。

病む人の悲しみを私の悲しみにしよう。

病む人から与えられる鍵で、 私たちの心の扉をひらこう。

 

『生きていくあなたへ〜105歳どうしても残したかった言葉』P43より

 

 

105歳で召天した日野原さんは、病と死の現場に身を置きながらも、それらを避けようとする生き方ではなく、寄り添う生き方をされたのだと感じます。またその中で、教えられることがあると学ぶ姿勢をこのことばに込めています。 

 

2つの聖書の言葉を思い起こします。

 

ローマ書 12:15 喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい。

 

伝道者の書7:2 祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。

 

 

人は自分が死に向かっていると認めるとき、生きることに最も積極的になれるのかもしれません。

死の向こうにあるいのちと再会

JUGEMテーマ:つぶやき。

 

次々と、大切な存在が地上から天に移されていく。あの人もこの人も、と考えつつ、いつかは自分もそうなっていくことに考えが及ぶ。

 

この地上をずっと生き続けることはできない私たちだけれど、神様は永遠を約束してくださった。私たちを造り、命を与えて下さった永遠の神だからこそ、永遠を約束できる。

 

永遠のいのち。それは、次に挙げる二つの聖書箇所によれば、神と人との切っても切れない絆を意味するという。神と御子を知ること。神と御子から知られていること。この二つの糸が結び合わさって永遠の絆の輪となる。その輪は、先に天に召された先達たちに繋がる輪でもある。またお会いできる。あの人にも、この人にも。神様は、なんと憐み深く、なんと素晴らしい救いを約束してくださっているのだろうか。

 

ヨハネ 17:3 永遠のいのちとは、唯一のまことの神であるあなたと、あなたが遣わされたイエス・キリストを知ることです。


コリント第一の手紙 13:12 今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、そのときには顔と顔を合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、そのときには、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。

 

オンギジャンイコンサート in 古川

JUGEMテーマ:お知らせ

9月6日金曜日は、韓国の賛美チームオンギジャンイによるコンサートがあります。
今回は飛騨にある5教会で協力して、コンサートを開催します。
この日は行けないよー、という方も、いずれかの日程と場所をお選び頂けます。入場無料ですが、心のこもった素晴らしいハーモニーで歌われる讃美歌をお聴きくださいね。

松原湖バイブルキャンプ小学生ベース第一、第二無事終了

JUGEMテーマ:つぶやき。

長野県南佐久郡にあります松原湖バイブルキャンプ場で、小学生約90名が参加するキャンプでリーダーをしてきました。リーダーとは名ばかりの拙い奉仕でしたが、沢山の方々に支えられ、神様の恵みをたくさん受けることができました。以下は、第一ベースキャンプを終えた時点での私の所感です。

松原湖の小学生第一ベースキャンプが3泊4日を経て無事に終了しました。今回は、私の年と半分ほどの大学生・神学生たち4人と一緒に、準備や企画、進行をしました。ある者は賛美リード・楽器演奏技術に長け、ある者は工作技術・芸術力に長け、またある者はパソコンを使って絵を描く技術に長けています。どれも私よりも高い技術を持っていました。

 

ですから、私のすべきことは、自らが彼らに負けまいと労することではなく、彼らの賜物が豊かに発揮され、キャンプが建て上げられていくための調整や励ましをすること。いわば、支えることにありました。

 

彼らはそれぞれの技術に長けているだけではなく、その信仰と愛にも輝くものがありました。キャンプにくる子どもたちをいつくしむ気持ち、弱さや課題を抱えているキャンパーに寄り添う姿勢。キリストの視点をいつも心に持っている若者たちと奉仕できる恵みをキャンプリーダーとして、味わわせていただきました。主の御名を崇めます。

牧会とは

評価:
---
いのちのことば社
¥ 20,085
(2012-12-09)
コメント:牧会とは、福音を、個別的、応用的に伝達することによって、個人が福音の豊かさに生かされ、互いの交わりを通して教会が福音の豊かさを体現できるように導く働きかけである。牧会とは、人を神の前に立たせて、神の意図する豊かないのちに生きるように働きかけることである。P37にある、この二つの定義が秀逸だと思いました。神学的、聖書学的な議論だけではなく、牧師の交代や牧師給など、具体的な事例についても記されていて、実際的だと思いました。

おすすめです。定価は、1500円なのですが…。アマゾンでは高額になっていますね…。

人の死は、人の生き方を変え得るもの

母が5月13日に天に召されました。70歳でした。

母はもうこの地上にはいないのだ、という実感を覚えつつ、日常の生活に戻りつつある今、少し考えさせられることばと出会いました。

どんなに大きな悲しみでも、やがて時が経てば、忘却という作用によって、悲しみが薄れていくものである。しかしそれは、決して悲しみの克服ではない。悲しみから立ち直ったことではない。真に人の命を惜しむのであれば、その死をきっかけに、人生で最も大切な魂の問題に立ち向かって、何ものかをつかむのが本当の意味での命を惜しむということではないだろうか。

 

時が経って、元の自分に戻るというのでは、その死は何の意味ももたらさない。一人の死によって、自分が大きく変わるのが、本当に人の死を悼むことになるであろう。愛する者の何人もの死に遭っても、自分の生き方を変え得ないという人生は、ひどくむなしいもののように私は思う。

 

―三浦綾子著『天の梯子』より

子どもを支える教会でありたい

キリスト教会の心は、小さな存在に対する慈しみです。それは、神からくるものです。

 

愛は神から出ている。なぜなら神は愛だから。聖書

 

この信仰に基づいて様々な活動をしています。最も大切にしているのは、日曜日の礼拝です。ここからすべてが始まり、ここへすべてが帰っていきます。

 

現在、子ども食堂「若宮わくわく食堂」を運営していますが、クリスチャンではないボランティアの皆さんも「小さな存在に対する慈しみ」という視点に共感してくださっているようで、とても嬉しいです。

 

今日は、あの「ぐりとぐら」シリーズで知られている中川李枝子さんのことばを紹介します。

 

「子どもは子どもなりに辛い思いや悲しい思いをします。そんなとき、大人たちの愛情のこもった慰めや、励まし、それに安心して頼れる大人の存在というのは、かけがえのないものとなります。子ども時代は、長い人生のごく短い間。私たちは皆、この時代を経て大人になったのです。」

 

中川李枝子著『のこす言葉 中川李枝子 本と子どもが教えてくれたこと』平凡社p46より。

今一度、新来者の気持ちになって

JUGEMテーマ:つぶやき。

北軽井沢にあるスウィートグラスという一般のキャンプ場を見学してきました。広大な土地に、個性なるキャビンが立ち並びます。キノコをモチーフにしたキャビン、眠るときに星空が見えるキャビンなど。 大切にしているのは、ゲストをお迎えするその姿勢。そのキャビンの利用客のために、キャビン玄関周りの人間の足跡が残っていないように、ほうきで掃いているのです。そこまでしていることが、すばらしいなと思いました。そこには、ゲストを気持ちよく迎えるとひとつの芯が感じられました。

 

古川教会はどうでしょうか。その人がまっすぐキリストと出会い、この方と深く交われるように、新しいゲストのための配慮がなされているでしょうか。自分たちにとっての当たり前が、新しい方々にとって違和感を覚えるような不快なものとなっていないでしょうか。ハード面においてもソフト面においても。「ひとりでも多くの人をキリストに」ということを芯に、まず、自分自身の立ち振る舞いから、もう一度見直したいと思いました。