癌と共に、それ以上にキリストと共に  松田政一牧師説教1964年古川教会テープライブラリー

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今、健康上の大きな困難の中におられる方があるでしょうか。あなたにとって一番の慰めと希望は何でしょうか。聖書は、私達がどのような状況の中にあっても、光を見出させてくれるように導きます。今回ご紹介するのは、
日本同盟基督教団の教団理事長で、東京の中野教会の牧師であった松田政一牧師の説教です。15歳まで神岡で育たれました。神学校を卒業されて2年間、古川教会の牧師(4代目1921〜1922)でもありました。
 1964年、胃がんとの闘病生活を経ての力強い説教です。健康であれ、病気であれ、いつかはこの地上で最後を迎える私達。しかし、その中にあって生きる幸いとはどこにあるのか。
聖書箇所は、以下のところです。聖書朗読は口語訳で読まれています。当時の古川教会牧師であって山室裕英牧師(第15代)が朗読しています。
コリント人への手紙第二1章3〜7節
【口語訳】

 1:1 神の御旨によりキリスト・イエスの使徒となったパウロと、兄弟テモテとから、コリントにある神の教会、ならびにアカヤ全土にいるすべての聖徒たちへ。
 1:2 わたしたちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。
 1:3 ほむべきかな、わたしたちの主イエス・キリストの父なる神、あわれみ深き父、慰めに満ちたる神。
 1:4 神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。
 1:5 それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、キリストによって満ちあふれているからである。
 1:6 わたしたちが患難に会うなら、それはあなたがたの慰めと救とのためであり、慰めを受けるなら、それはあなたがたの慰めのためであって、その慰めは、わたしたちが受けているのと同じ苦難に耐えさせる力となるのである。
 1:7 だから、あなたがたに対していだいているわたしたちの望みは、動くことがない。あなたがたが、わたしたちと共に苦難にあずかっているように、慰めにも共にあずかっていることを知っているからである。

今日の名言

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答えを学ぶのではなく、正しい問いを見つけ出しなさい。  ーN.T.ライト

納骨式

今日は納骨式を行いました。
私たちの国籍は天にあります。

我らの国籍は天にあり

古川教会の9代目と11代目の牧師大塚清明師の夫人、越女姉が天に召され、葬儀に出席しました。96歳でした。
ご遺族と飛騨高山教会に主の慰めがありますように。

K.T.さん召天

K.T.さんが心不全のために、天に召されました。89歳でした。ご主人は先にお亡くなりになり、お子さんはいらっしゃらず、お一人で暮らしていましたが、近くに教会員の妹さんが住んでいました。妹さんは家庭集会や教会に姉のKさんを誘い、洗礼を受けられたのが2年前の2015年6月でした。

 

11月16日は故郷の上宝まで妹さんと一緒に、私の運転で訪れました。幼馴染のご友人宅や生家跡、お母様の骨が入っているお墓など、訪れることができ、大変喜んでおられました。目が弱いということ意外は、終わりと元気だったのでまさか一ヶ月を待たずに天に召されるとは思いませんでした。しかし、何事にも定まった時があります。神様がなさることは最善なのだと信じたいです。

 

またお会いしましょう、Kさん!

 

写真左がKさんです。
今日の聖書:
コリント人への手紙第一15章20〜22節
しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。
というのは、死がひとりの人を通して来たように、死者の復活もひとりの人を通して来たからです。
すなわち、アダムにあってすべての人が死んでいるように、キリストによってすべての人が生かされるからです。

2017春の小学生キャンプ in 松原湖

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子ども二人を連れて、春の小学生キャンプに参加してきました。
今年のキャンプのテーマは、「神の子ども」です。
とてもわかりやすい聖書のお話に、みんな聞き入っていました。
「何かができるからではなく、わが子だからかわいい」そのように、私たちの天のお父さんが思っていて下さる。
日常生活の中で、一生懸命必死に頑張っている子どもたちにこそ、伝えたい「存在の素晴らしさ」「関係性ゆえの愛」。
聖書の勉強ばかりではなく、ゲームやプログラム、BBQなど、楽しいこともいっぱいのキャンプでした。

故布施マサ江姉の洗礼式(病床洗礼)

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2016年の夏ごろから礼拝に来られるようになったマサ江さん。
2017年2月4日に洗礼式を受けられました。
病床洗礼となりましたが、事前にイエス・キリストを救い主として心の中にお迎えして、学びを経て、この日に至りました。
自分の命が限られているものであると人が実感するとき、永遠のものに目が向かいます。
罪の赦しと永遠のいのちは、キリストの十字架の死と復活によって、だれでもどんな状況の中でも与えられます。
今日の聖書のことば
イザヤ書28章16節
だから、神である主は、こう仰せられる。「見よ。わたしはシオンに一つの石を礎として据える。これは、試みを経た石、堅く据えられた礎の、尊いかしら石。これを信じる者は、あわてることがない。
写真手前は、娘にあたる教会員のEさん、奥は教会役員のNさん。

戦う欲望

こんばんわ
Mです。

テレビやネットを見ていると様々な情報を知ることができますよね。
他にも新聞や雑誌など、色々な事が書いてありますよね。

真実かどうかは僕には分かりませんが…

この世の中を生きていると、いつも争いがあると思います。

聖書を読んでいて、すごいなぁ…と思う時があります。
自分にしか分からないはずの心の中を御言葉が示してくるんですよね…
不思議です。

ヤコブの手紙、4章の1節

何が原因で、あなたがたの間に戦いや争いがあるのでしょう。あなたがたのからだの中で戦う欲望が原因ではありませんか。

あわれみが分からない

こんにちは
Mです。

僕は自分が神様からあわれみを受けているようには思えません。
辛い状態、状況で神様が僕の事をかわいそうに思っているのなら『早く助けてよ!』って思います。

ただ、それとは別に思う事があります。

自分が辛い思いをした時に『どうして?』って思います。
その時の辛さは怒りや憎しみや悲しみに変わりました。
でも神様だったら喜びや平安に変えられるのかもしれません。
偽善的な事を言いましたが、そうじゃないと困ります。
期待したいですよね!
辛い事が多かった分だけ、喜びも大きいって。

安らかに

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教会員のY.T.姉が天に召されました。1926年3月6日生まれの88歳、来月には89歳になられるところでした。
私が赴任した約10年前には、国府町の半田から自転車で、古川教会の礼拝に来られていました。

まだ3歳くらいの娘にミニトマトを積ませてくれたり、すごく美味しいにんじん、ブロッコリー、ささげなどをよく下さいました。

自転車に乗れなくなってからは、畑仕事もできなくなって、2年ほど前から寝たきりになりました。それでも非常に頭は冴えていて、会話も以前と同様にできました。
今年に入ってまもなく入院、脳こうそくでした。

入院中もこちらの呼びかけは、うなづいて分かっておられるようでした。
クリスチャンであるにもかかわらず、ご遺族の希望で仏式でのお葬式となってしまいましたが、行き先は天の御国であることには変わりがありません。
 
その穏やかさと優しさを思い返すばかりです。ありがとう。Yさん。
 
↓写真は、昨年の7月7日。役員のNさんと訪問時に。