神への信仰は外から

「神への信仰は私の内側から湧き上がってくる感情ではありません。それは、確かに私たちの外から、すなわち主イエス・キリストの十字架の贖いからのみもたらされるものです。」『ニカイア信条を読む』朝岡勝著 p46より


自己啓発系のスピリチャルカウンセリングに多いのは、「あなたは悪くない。本当は優しい人。どうかあなたの心の内にある本当の優しさに気付いてあげてください。」といったものです。

誰でもそんな風に言われれば、気を悪くしません。自分が本当は良い人間で純粋な存在であると思いたがる。日本人の多くは、性善説を容認しているのではないかと思います。その証拠に、死んだらみんな天国へ行くと何となく思っています。


でも聖書的な人間観は、それとは異なります。

アダムとエバが、神からの命令に背いて食べてはならない木からその実を取って食べてから、人間の根本的な魂に罪が入りました。それゆえ次の世代で兄弟間の殺人が行われます。妬み、高慢、憎しみ、殺意など負の感情が、人間の魂を貪るのです。


大切なことは、これが神話などではなく、現実的に私たちの魂にまで及んでいるということです。

あなたはどうして「あの人」をゆるせないのでしょう。「あの人」を受け入れられないのでしょう。どうしてまっすぐ愛することができず、歪んだ感情によって相手を支配したり、コントロールしたりしようとしてしまうのでしょう。


もちろん、人間は、神に似せて作られた神のかたちを持っていますから、愛すること、優しくすることに向かおうとします。しかし、現実的にはそれがうまくいかないことも少なくないのではないでしょうか。


神との関係が断絶しているが故に、人生に生きづらさを感じている状態。それが罪の状態です。

この罪の状態にあって、人は自分で自分を救うことが決してできないというのが聖書の見解です。しかし、神には人を救うことができます。人にはできないが神にはできるのです。
心の貧しい者は幸いである、という聖書の言葉の真髄がここにあります。自分自身の中に豊かさがない。貧しさしかない。そのことに気付くとき、神の恵みを心から喜ぶことができます。

良い人間になろうとすることには、落とし穴があります。それは、自分の力で成し遂げようとすることです。
もし本当に良い人間になりたいのであれば、まず自分自身の本当の貧しさに気付き、それを認め、神の憐れみを請うことです。
神は生まれる前からあなたのことをとても大切に思っておられます。



2019年スタート

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2019年がスタートしました。
今年もよろしくお願いします。
古川教会では、年間を通して、聖書の中から1節を掲げています。これを年間聖句と呼んでいます。
今年2019年は、これです。
あなたのパンを水の上に投げよ。
ずっと後の日になって、あなたはそれを見出す。 
伝道者の書11章1節
 

耳の伝道

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私たちは伝道(聖書が言っている良い知らせを伝えること)において、口を用いることだと思いがちですが、実は「聞く」ということがとても重要だということを教えてくれています。クリスチャンならば、一聴の価値ありです。54分。

青木比郎牧師の聖書説教「あなたの若い日にあなたの造り主を覚えよ」

1970年代に青木牧師が古川に来て下さったときの説教です。古川教会テープライブラリーからデジタル編集したものです。(ご本人の許可を得て掲載。)

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当時古川教会の牧師をしておられた寺田由弘牧師が講師紹介をしています。
伝道者の書12章
【口語訳】
 12:1 あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ。悪しき日がきたり、年が寄って、「わたしにはなんの楽しみもない」と言うようにならない前に、
 12:2 また日や光や、月や星の暗くならない前に、雨の後にまた雲が帰らないうちに、そのようにせよ。
 12:3 その日になると、家を守る者は震え、力ある人はかがみ、ひきこなす女は少ないために休み、窓からのぞく者の目はかすみ、
 12:4 町の門は閉ざされる。その時ひきこなす音は低くなり、人は鳥の声によって起きあがり、歌の娘たちは皆、低くされる。
 12:5 彼らはまた高いものを恐れる。恐ろしいものが道にあり、あめんどうは花咲き、いなごはその身をひきずり歩き、その欲望は衰え、人が永遠の家に行こうとするので、泣く人が、ちまたを歩きまわる。
 12:6 その後、銀のひもは切れ、金の皿は砕け、水がめは泉のかたわらで破れ、車は井戸のかたわらで砕ける。
 12:7 ちりは、もとのように土に帰り、霊はこれを授けた神に帰る。
 12:8 伝道者は言う、「空の空、いっさいは空である」と。
 12:9 さらに伝道者は知恵があるゆえに、知識を民に教えた。彼はよく考え、尋ねきわめ、あまたの箴言をまとめた。
 12:10 伝道者は麗しい言葉を得ようとつとめた。また彼は真実の言葉を正しく書きしるした。
 12:11 知者の言葉は突き棒のようであり、またよく打った釘のようなものであって、ひとりの牧者から出た言葉が集められたものである。
 12:12 わが子よ、これら以外の事にも心を用いよ。多くの書を作れば際限がない。多く学べばからだが疲れる。
 12:13 事の帰する所は、すべて言われた。すなわち、神を恐れ、その命令を守れ。これはすべての人の本分である。
 12:14 神はすべてのわざ、ならびにすべての隠れた事を善悪ともにさばかれるからである。

台湾宣教師寺田由弘牧師の証し、および本田弘慈牧師の説教(1977年5月5日塩屋聖会)

古川出身の献身者で、古川教会の17代目牧師であった寺田由弘牧師が台湾に宣教師として赴く際の、母校での証詞です。

聖書には、人間の生き方を変える力があります。それは本人の計画や創造を遥かに超えた場所へと導き、神の働きを成させます。一個人の思想や思い、意志は限界があり、移ろいやすく、不確かなものです。しかし神の計画と意志はそうではありません。クリスチャンは神を信じ、神に従うことによってそれを実感していくことができます。それゆえ、その人生はまことにドラマチックです。
その後は、本田弘慈牧師の魂を揺さぶる説教です。当日使用されていた口語訳で聖書箇所を記します。(紹介を分けるためにリンクが2つありますが、どちらも同じファイルです。)

 

マタイの福音書16章13〜24節

16:13 イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
 16:14 彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
 16:15 そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
 16:16 シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
 16:17 すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
 16:18 そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。
 16:19 わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。
 16:20 そのとき、イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、弟子たちを戒められた。
 16:21 この時から、イエス・キリストは、自分が必ずエルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえるべきことを、弟子たちに示しはじめられた。
 16:22 すると、ペテロはイエスをわきへ引き寄せて、いさめはじめ、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあるはずはございません」と言った。
 16:23 イエスは振り向いて、ペテロに言われた、「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」。
 16:24 それからイエスは弟子たちに言われた、「だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい。

いっしょに

今回の休暇では、息子のジュニアロードバイクと私の折りたたみ自転車を帰省先にクルマに積んでいきました。これまで私の自転車を積んで帰省したことは何度も有りますが、息子のは初めでです。今回は、兵庫県伊丹市にある妻の実家から、一緒にペダルを漕ぎ、近くにある池を一周したり、伊丹空港近くに行って離着陸する飛行機を眺め、いくつかの店に立ち寄ったりするだけでした。それでも十分満足することができました。息子と一緒だったからです。
 これまでは、一人で遠出することに精を出していました。今回は、二人で近くでも良いから一緒にということが目的でした。それは一人旅では得難い喜びでした。息子もそれなりに喜んでいたようです。

 神様も同じように、私達と一緒に何かをすることを望んでおられるように思います。神様だけが知り、考え、実行するほうがはるかに効率良く、多くの結果を生み出すことができるでしょう。それよりも神様は、たとえ遅々として進まないようであっても、私達と一緒にことを成そうとされます。私達の歩みに歩幅を合わせることを喜ばれる神なのです。私達が心を注ぎだして祈ることの意味はここにあります。
 
見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこへ行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。(創世記28:15)

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日大アメフト事件に際して思うこと

 肉体と精神がぶつかりあうアメリカンフットボール。その競技において、今から25年前、高校の同級生の兄(大学在学中)が、競技生命を絶たれた。脊髄を損傷し、首から下が動かくなってしまった。不幸な事故であったが、競技生命を絶たれただけでなく、将来の夢や希望も全く違ったものになってしまった。家族の痛みも大きかったと思う。  非常に危険なスポーツであることは、そのとき実感した。そして今回の事件。日大の選手が監督とコーチから発破をかけられ、他大学の選手に故意に怪我を負わせた。監督とコーチによる前時代的で悪質な発言が目立つ。「相手選手が怪我をして夏の大会に出られなかったらこちらが得をする。」「これは本当にやらなくてはいけないぞ。」  

 

 

 勝負は駆け引きである。しかし、それ健全な精神をもってしなければならない。そこから外れたら、もはや駆け引きではなく、悪巧みである。攻撃ではなく暴力である。勝利至上主義は、人間の罪の性質と結びつきやすい。そして自らの将来と社会的な立場を滅ぼしていく。  純粋だったはずの勝利への渇望が、人間の罪の性質と結びつきやすいことを心得ておく必要がある。自分自身の心を見張っていく必要がある。

 

 

今日の聖書のことば

 

ヤコブ 1:15 そして、欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。 【新改訳2017】

神様に自分の価値を決めてもらう幸い

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寺田由弘牧師(宣教師)をお迎えして「高価で尊いあなた」と題して、イザヤ書43章4節から聖書のお話をしていただきました。

そこには、このように書かれています。


「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だから、わたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにする。」

自分で自分の価値を決めるのではなく、神様に決めていただく時、自分という存在価値を自分で認めてあげることができる。そのようなメッセージが語られました。

古川生まれ古川育ちの寺田センセー。古川教会の先輩牧師(17代目)でもあります。私高橋は21代目。

アメリカからの台湾宣教師ジンジャー先生と再婚なさいました。お二人とも素敵なお人柄!

集会後、昔話に花を咲かせました。

ギターと信仰

「様々な個性のあるギターを高い音楽的品質で作っている。しかし、どんなにすばらしいギターも、あなたが実際に奏でるまで何の音もしない」

私が持っているギターメーカーTaylorのクラフトマン(熟練工)のことばです。

 

 このことは、神様と私たちとの関係のようではないでしょうか。どんなにすばらしい楽器も演奏者がその楽器を奏でるまでは何の音もしないのと同様に、どんなに素晴らしく可能性を秘めた人間も、いのちを下さった神に触れられてはじめて音楽を紡ぎ出すのです。

 

 聖書のことば

「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。」競灰螢鵐搬萋 4:6

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故松田政一牧師のキリスト教講演(説教)第競灰螢鵐反佑惻蟷1章3節

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1964年8月。松田政一牧師岐阜県吉城郡船津町(現・飛騨市)で生まれた。古川教会テープライブラリーより。

故松田政一牧師説教

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