レディースランチョン

去る6月22日、高山のアリス二階にてレディースランチョンを行いました。
初めての会場でしたが、良かったです。36人が集い、プロのフルートの調べに耳を傾け、聖書のショートメッセージに心を傾けました。

古のオルガン復活なるか

JUGEMテーマ:つぶやき。

日本同盟基督教団名古屋福音伝道教会の信徒、清水さんが古川教会のオルガンを見に来て下さいました。
以前から故障中の古いオルガンがあるので、もし直せたら…とお願いしていました。今回プライベートで飛騨へ奥様といらしていた際に、立ち寄って下さいました。
「よろしければ、持ってっちゃいましょうか?」
「え!いいんですか?」
ワンボックスの棚板を手際よく外し、オルガンを載せてそのまま愛知へ帰って行かれました。
直ったらどんな歴史の音がしてくるのでしょうか。このオルガンは、初代古川町長の娘さん「本田静さん」が寄贈してくださった由緒あるものです。音が出るようになったら、コンサートを開きたいですね。
清水さん、宜しくおねがいします!

小堀英郎さん、ピアノコンサート

JUGEMテーマ:お知らせ
古川教会では、今晩6時半開場7時開始です。入場無料です。CDの販売もあります。
当日の曲目(プログラム)
・エルガー 愛の挨拶
・ショパン 夜想曲
・ショパン 華麗なる大円舞曲
・賛美歌を弾いてみよう!レクチャータイム「主われを愛す」
・ドビュッシー 月の光
・小堀英郎オリジナル ルミエール
・小堀英郎オリジナル Fragrance
・小堀英郎オリジナル Introduction & Amazing Grace
どなたでもお楽しみいただける内容となっております。たくさんの方々のお越しをお待ちしております。

あるがままわれを

JUGEMテーマ:つぶやき。
「聖書を読んだことはない」人や、「教会に行くのはちょっと」という人も「讃美歌はいいですね」とおっしゃることが多いですね。

 
私が赴任して間もないことですが、突然あるご夫妻が教会を訪ねてきました。聞けば「うちの愛犬が亡くなったのです。その子はとても讃美歌が好きだったんです。讃美歌のCDなどはこちらに置いていませんでしょうか」ということでした。

 
後日、教会にあるものをお持ちしたのですが、そのご夫妻はクリスチャンではないのですが、その愛犬がどのようなきっかけで讃美歌を聴いたのでしょうか。とても不思議な出来事でした。

 
ところで、私の好きな讃美歌のひとつに18世紀に誕生した「あるがままわれを」があります。私が好きになったきっかけは、「アカペラ」tというアメリカの男性グループが出した「HYMNS」というアルバムでした。英語とスペイン語(もしくはポルトガル語)で曲中に歌詞が読みあげられるのですが、歌詞カードを手に聞いていると、涙が止まりません。

 
この讃美歌のエピソードについて、川端純四郎さんという方が『さあ、共に生きよう』という本の中で次のように紹介しておられます。

 
歌詞を書いたシャーロットという女性は、小さい頃から病弱だったため結婚を避け、33歳になっていました。「どうして自分だけがこれほど病弱なのだろう。私は救われるのだろうか。」と悩んでいたといいます。そんなとき、マランというスイスの伝道者が彼女の家を訪れます。「キリストのもとに至るのにはどうしたらいいか」と訊くシャーロットに「あるがままでキリストのもとに行けばいいのです」と答えます。このことばが、彼女の心に光を与えて、彼女はクリスチャンになります。

 
その12年後のことです。彼女の家族は、牧師子弟の学校建設のためのバザー開催で大忙しでした。「自分だけが何もできない」とまたも歯がゆく思っていた彼女は、あのことばを思い出し、ペンを取ります。そうして書き上げたのが「あるがままわれを」でした。

彼女は生涯、小さい者や弱い者のために歌詞を書き綴ったと言われています。
この歌詞が意図するところは何でしょうか。
私たちは神に近づくためには、何か犠牲的なことをしないといけないと考えます。しかし、聖書は、「神の側ですでに犠牲は支払われている。それが神の小羊として、十字架に掲げられたイエス・キリスト。彼こそが神の子であり、神が私たちのために差し出してくださった罪の赦しのために供え物である。」と教えています。
クリスチャンになるとは、このことを自分自身のこととして認識し、受け入れることに他なりません。そこには、私たちが支払うべき道徳的犠牲は何も必要なく、プレゼントを受け取るがごとく、2000年前に起こった事実を受け入れることなんですね。
それでは、最後に川端さんが次のように訳しているほぼ直訳の歌詞をお分かちしたいと思います。(原曲の歌詞は6番まであります。)

「あるがままで私は、ほかの口実なしに、
あなたの血が私のために流され
あなたのもとに来いとあなたが命令しているという、その口実だけで、
おお、神の小羊よ、あなたのもとに私は行きます。

あるがままで私は、たとえどんなに、
多くの葛藤と多くの疑いと、
内と外の戦いと恐れで揺れ動いているとしても、
おお、神の小羊よ、あなたのもとへ私は行きます。」

 
1. Just as I am, without one plea,
but that thy blood was shed for me,
and that thou bidst me come to thee,
O Lamb of God, I come, I come.

2. Just as I am, and waiting not
to rid my soul of one dark blot,
to thee whose blood can cleanse each spot,
O Lamb of God, I come, I come.

3. Just as I am, though tossed about
with many a conflict, many a doubt,
fightings and fears within, without,
O Lamb of God, I come, I come.

4. Just as I am, poor, wretched, blind;
sight, riches, healing of the mind,
yea, all I need in thee to find,
O Lamb of God, I come, I come.

5. Just as I am, thou wilt receive,
wilt welcome, pardon, cleanse, relieve;
because thy promise I believe,
O Lamb of God, I come, I come.

6. Just as I am, thy love unknown
hath broken every barrier down;
now, to be thine, yea thine alone,
O Lamb of God, I come, I come. 

 
The United Methodist Hymnal Number 357
Text: Charlotte Elliott, 1789-1871
Music: William B. Bradbury, 1816-1868
Tune: WOODWORTH, Meter: LM

音楽はどこから? 聖書の起源

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昨年の夏に音楽博物館に行ってきました。
ここには世界の民族楽器が集まっています。大阪音楽大学の一角にあり、駐車場はありませんが入場無料です。

楽器体験コーナーもあり、子どもたちは大喜び、子どもって「触ってみたい、やってみたい」という思いが強いですよねw

聖書の中に、音楽の起源が書いてあることをご存知でしょうか。創世記に出てくるユバルという人物です。

創世記4章21節
その弟の名はユバルであった。彼は立琴と笛を巧みに奏するすべての者の先祖となった。


人間の歴史のごく初期から音楽はあったのですね。音楽はぜいたくとか、ひまつぶしなどではなく、人間が人間らしく生きていくための必須なものなのかもしれません。
先日はこんな記事も見ました。
 音楽は、神への賛美として豊かに用いられ続けて現在に至っています。キリスト教あるいは宗教そのものを否定する方もいらっしゃいますが、芸術や基本的人権の尊重、法律の整備や執行などに大きく貢献してきたことも否めませんね。もちろん、その逆もありました。科学的な事実と聖書の説明とが乖離しそうになった時に、教会が大きく主導権を握ったということですね。
ただ、本来、科学と聖書とは矛盾するものではなく、相互補完的なものと個人的には考えています。最近では宇宙の多重存在やダークマターについての議論が盛んですが、聖書は決して時代遅れではなく、むしろ聖書に最先端の謎を解くカギが隠されているのでしょうか。
 
 宇宙の創世に関しては、今でも研究が続けられていますが、聖書の記述にある「神の霊が水の上を動いていた」の「水」とは、宇宙の創世のきっかけとなった液状の粒子のことで、いわゆるH2Oのことではないようですね。
 話が反れましたが、いつも心に音楽を鳴らし続けていきたいですね♪

 

ヤイリギター80周年記念イベントへ

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 可児市にあるヤイリギターの80周年記念イベントに誘われて行ってきました。昨年、先代の社長が亡くなられたことが、岐阜県内でも大きなニュースになりました。

 今回のイベントでは、写真パネルと共に社長の人柄や生涯にも触れられていました。彼が造った物は数多くのギターですが、育んだものはギターを造る人達でした。そこにはまだ20代、30代の若者たちもいました。彼らによってこれからも名品が生まれていくことでしょう。

 

 キリストは、多くの言葉を残しましたが、育んだのは、12人の使徒たちでした。使徒たちが建て上げた教会は、今や世界中に広がっています。しかし、それだけではありません。キリストは、それらを残しただけではなく、今も生きて働いておられるのです。それは、概念とか思想といった抽象的なレベルではなく、事実としてです。

 

 私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。              エペソ 2:10
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