山崎神学生の聖書説教

神学生4名による代表賛美。心から神に向かう賛美に、礼拝者一同、賛美の心を合わせました。
さらにこの日は、高橋の説教(聖書のお話)はお休み。山崎神学生が説教をして下さいました。以下要約です。良い説教でした。
説教題「本当の安らぎ」マタイの福音書11章28〜30節

 樹木は、刻まれている年輪からどのような時を経て来たのかがわかると言われます。人間もまた、神様によって魂を輪切りにして調べられたならば、隠し通せるものは何一つありません。人間は、その人生に美しい年輪を刻みたいと願い求めていますが、本当に美しい人生の年輪とはどの様なもので、またどんな時に刻まれるのでしょうか。それは、自分の力や努力では太刀打ち出来ない、重荷を負い、疲れ果てそうな時に、何を頼りにするのかによって、その重荷に耐え切れず倒れてしまうのか、それとも深い味わいのある美しい年輪へと変えられるのか、決定的な違いが生まれるのです。

 イエス様が招かれている、疲れた人、重荷を負った人には、実は三通りの人々が存在します。

 

 一つ目は、人生における悩みや苦しみを抱えている人々です。

 

 この重荷は、他人には完全に共感できず、他人がその全てを代わって負ってあげることが不可能です。神の預言者イザヤは、神様の助けを告げています(イザヤ46:4)。

 

 二つ目は、罪の重荷を負っている人々です。

 

 罪を犯している人間には、罪に染まっている実感が無く、その誘惑に抵抗する術がありません。罪に打ち勝つには、聖く正義である本当の神様の力を求める必要があるのです。それは、神の独り子であるイエス様が、あなたの罪を贖うために十字架にかかって死んでくださったことを信じ、神様に対して悔い改めることです。

 

 三つ目は、イエス様を救い主であると熱心に信じていますが、神の愛の実践を忘れている人々です。

 

 初めて福音を知り、初めて救い主イエス・キリストに出会った驚きと喜びの瞬間を思い出してください。本当の安らぎに生きる、神の愛を隣人に対して実践する者と変えられましょう。

 本当の安らぎとは、イエス様が与えてくださるくびきを負うことです。ただし、イエス様を信じる前に負っていた重荷とは全く異なります。イエス様のくびきとは、神様のみことばを信じてそれに従うということです。それは、罪や誘惑、この世の価値観に支配されて生きるのではなく、イエス様と一緒に神の子どもとして歩むことです。本当の安らぎに生かされているクリスチャンの歩みについて、パウロはピリピ人の手紙4:4‐9,11−13で述べています。

 

 夏期伝道チームは、大雨の影響による土砂崩れで道が封鎖される中を千葉からやって来ました。人間的に考えたなら、普通は諦めて帰るはずです。しかし、恐れや不安など全く無く、むしろ平安に包まれていたのでした。私達の目的は、ただ一つ、真の神様の真実を皆さんにお伝えするためだったからです。真の神様を信じて求めるならば、常に共にいてくださり、どのような状況であっても失われることがない、本当の安らぎが与えられるのです。

 

 あなたの人生を、神の御子であるイエス様に委ねてみませんか。あなたの罪の解決を、救い主イエス・キリストに求めてみませんか。イエス様に初めて出会った時の喜びと神様の愛と救いの恵みとを、あなたを一生背負ってくださり、あなたの足となってくださるイエス様と一緒に古川の人々に伝えてみませんか。

「ちらし寿司」2018年7月14日わくわく食堂

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子どもを持つお母さん方からの要望により、学習支援をお試しでスタート。11時よりもちょっと早めに来て、宿題をやり、お昼を食べて、遊ぶというゴールデンパターン。
この日のメニューは鮭フレークを使ったちらし寿司。夏の美味しいメニューですねー。
3連休の初日だったり、ピアノの発表会があったりで、いつもよりは人数が少なかったけれど、新しい親子もいらっしゃって、わいわいたのしいわくわく食堂でした。
初めて子ども食堂に来てくださった方々も。
神学生による大型絵本の読み聞かせもあり、良い雰囲気でした。普段は、「お母さん」の読み聞かせでしたが、この日は「お姉さん」の読み聞かせ。どちらも素敵ですね。

夏期伝チームと飛騨観光

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7月9日(月)この日は、夏期伝チームのお休みの日。飛騨のことをよく知ってもらうためにも連れ回しました。
まずは教会のお墓へ。教会から来るまで5分。とても眺めの良いところです。神学生の木田さんが「神学校で教えておられる菊池先生がこのお墓のあるところから眼下に広がる古川の街のために祈った。そこへ行ってみたい。」とおっしゃってくださったので同じ場所へ。そこで、みんなで祈りました。
次は宮川朝市と古い町並みへ。この日は大雨で交通が遮断されていたこともあり、観光客がとても少なかった日です。私もびっくりしました。
高山教会があった場所。現在は「じゅげむ」というお土産屋さんです。三之町にあります。
日本基督教団飛騨高山教会へも訪問。
飛騨の家具ショールームも堪能。こんな教会、ハード的に素敵だよね。
お昼は飛騨高山の中華そば。麺屋「力」の飛騨牛骨で出汁をとった一品。
ラベンダー畑。帰りにちょっと甘いものを食べて帰りました。
yakata coffee 緑の館高山店のコーヒーゼリーアイスフロート。この日は暑かったので、ひんやりして美味しかった。そして知ってしまった衝撃の事実。
どうやら8月3日で喫茶コーナー終了とのこと。私達夫婦にとってのオアシスが…。

飛騨地区連合青年会「ぶどうの木」+東京基督教大学夏期伝チーム

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2018年7月7日の晩にみんなで集まりました。この日は豪雨。大雨警報の中、土砂崩れで通行止めに遭うも、千葉から無事に到着した夏期伝道チーム4名。
一緒に御飯を作って食べて、聖書のショートメッセージを聞いて、まったりと話すことができました。
この日は、下呂聖書、高山祝福、神岡キリストの3教会からの参加者は大雨のために来ることができませんでしたが、新宮町にある日本基督教団飛騨高山教会からの参加がありました。嬉しかったですね。
またやりましょう!
今日の聖書

ヨハネの福音書

 15:5 わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。

レディースランチョン

去る6月22日、高山のアリス二階にてレディースランチョンを行いました。
初めての会場でしたが、良かったです。36人が集い、プロのフルートの調べに耳を傾け、聖書のショートメッセージに心を傾けました。

「冷やし中華!」子ども食堂2018年6月23日

6月の子ども食堂のメニューは冷やし中華でした。

麺は、高山の老舗製麺のものを使い、汁も醤油、酢、ごま油などを組み合わせた薫り高いオリジナルのもの。
みんな、おいしー、おいしーと召し上がって下さいました。デザートは、バナナヨーグルトに、差し入れの大ぶり佐藤錦!みなさんの愛で、豪華ランチとなりました。

2018年父の日プレゼント作成

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2018年父の日プレゼントは、手作りうちわでした。
幼児科は、絵の具を手のひらに塗って、手形のうちわに。
小学科は4人で好きなイラストとメッセージを。どれも素晴らしい作品に仕上がりました。2018年夏はとても暑いので、とても重宝します。

2018年救援衣料ご協力ありがとうございました!

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2018年6月9日に実施した世界の難民のための救援衣料活動では、皆さまの多くのご協力をいただきました。

東北支援なども含めて、ダンボール298箱となりました。

 

いつもの約2倍です!
自分よりも弱い人、小さい人に対するみなさんの
愛のなんと尊いことでしょうか。
海外輸送費援助は101,869円となりました。
今年もボランティアの方々が与えられました。
なんと、うちに遊びに来た小学4年生の児童たち4人まで、
一生懸命汗を流して、ダンボール積み込みをして下さいました。心から感謝します!
今日の聖書

ヤコブの手紙
 2:14 私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立ちましょう。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。
 2:15 もし、兄弟また姉妹のだれかが、着る物がなく、また、毎日の食べ物にもこと欠いているようなときに、
 2:16 あなたがたのうちだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。暖かになり、十分に食べなさい」と言っても、もしからだに必要な物を与えないなら、何の役に立つでしょう。
 2:17 それと同じように、信仰も、もし行いがなかったなら、それだけでは、死んだものです。

古のオルガン復活なるか

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日本同盟基督教団名古屋福音伝道教会の信徒、清水さんが古川教会のオルガンを見に来て下さいました。
以前から故障中の古いオルガンがあるので、もし直せたら…とお願いしていました。今回プライベートで飛騨へ奥様といらしていた際に、立ち寄って下さいました。
「よろしければ、持ってっちゃいましょうか?」
「え!いいんですか?」
ワンボックスの棚板を手際よく外し、オルガンを載せてそのまま愛知へ帰って行かれました。
直ったらどんな歴史の音がしてくるのでしょうか。このオルガンは、初代古川町長の娘さん「本田静さん」が寄贈してくださった由緒あるものです。音が出るようになったら、コンサートを開きたいですね。
清水さん、宜しくおねがいします!

日大アメフト事件に際して思うこと

 肉体と精神がぶつかりあうアメリカンフットボール。その競技において、今から25年前、高校の同級生の兄(大学在学中)が、競技生命を絶たれた。脊髄を損傷し、首から下が動かくなってしまった。不幸な事故であったが、競技生命を絶たれただけでなく、将来の夢や希望も全く違ったものになってしまった。家族の痛みも大きかったと思う。  非常に危険なスポーツであることは、そのとき実感した。そして今回の事件。日大の選手が監督とコーチから発破をかけられ、他大学の選手に故意に怪我を負わせた。監督とコーチによる前時代的で悪質な発言が目立つ。「相手選手が怪我をして夏の大会に出られなかったらこちらが得をする。」「これは本当にやらなくてはいけないぞ。」  

 

 

 勝負は駆け引きである。しかし、それ健全な精神をもってしなければならない。そこから外れたら、もはや駆け引きではなく、悪巧みである。攻撃ではなく暴力である。勝利至上主義は、人間の罪の性質と結びつきやすい。そして自らの将来と社会的な立場を滅ぼしていく。  純粋だったはずの勝利への渇望が、人間の罪の性質と結びつきやすいことを心得ておく必要がある。自分自身の心を見張っていく必要がある。

 

 

今日の聖書のことば

 

ヤコブ 1:15 そして、欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。 【新改訳2017】